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ホテル咲き都


〜現在〜

共通点は地面のひび割れ!
昔のほうが街だったなんて、なんだか妙な写真ですね…

〜水浦商店街〜

昭和35年頃の写真です。@がほぼ同じ位置だと思います。
矢印の先は油タンクだと思います。

地面のひび割れまで同じっぽい!

以前はケーブルだったのに、今では橋がかかっています。立派になったものです。ちょっとケーブルにも乗ってみたかったなぁ。

左右の写真を比べてみてください。元々、船着場だったところの上の家が草に覆われて今や恐竜のようです!

〜現在では〜
@の部分が同じと思われます。     日本の未来はこうなるのでしょうか。形あるものいつか無くなります。写真撮影はお早めに〜

〜昭和30年代〜
の福浦のベルトコンベアーです。立派なものですねぇ…

〜現在〜
当時と同じ場所と思われます。現在では、製塩所の船やみしま丸等の大型船が行き来しております。

〜昭和初期〜
蛎浦港になります。現代並みの大型船がならんでいますね…。信じられません。

〜現在〜
@が当ホテルです。Aが当時の炭坑住宅ですが…残念ながら、平成20年の11月で取り壊されてしまいました…トホホ…

〜昭和30年代〜
もちろん、現在のホテルはありませんが、@が同じ位置、Aの住宅が同じと思われます。現在の写真を白黒にしたら、どっちが昔かわかりませんね(笑)
後に@の場所に旧の国民宿舎、御床島荘ができ、さらにその後、現在のホテル咲き都ができるであります。

〜現在〜
当時の面影は、煙突一本だけです。煙突の突端から、木が生えています。なかなか、味があると、好評です。

〜大正時代〜

大正時代の崎戸工業所です。すごい数の就労者がいたと思われます。

〜現在〜
草で覆いつくされていますが、山の地形はほとんどそのままです。自然の力はすごいですね。

〜昭和30年代東峰商店街〜
現在を見ると考えられない、美しく並んだ家屋に溢れんばかりの人、人、人。
Aが唯一現在残る遺跡だと思われます。

〜現在〜
一軒だけ残る旧家屋。林に囲まれ、時代を隔てています。誰の家なのでしょうか。

〜昭和30年代崎戸中学校〜
学校と家屋が混ざっていますね。当時は京都の町並のように碁盤の目のように整備されていたのでしょう。

〜現在から〜
今は商店があった面影すら見当たらなくなってしまいました・・・・

〜昭和30年代の商店街〜
当時はたくさんの商店が並び多くの人々がお買い物をされていました

〜おくんち祭〜
東峰玉屋前 左奥に平和寮が見えます・・・・

〜三菱鉱業所〜
事務所の勇姿です・・・・